uchi-aぶろぐ

アクセスカウンタ

zoom RSS 『気狂いピエロ』

<<   作成日時 : 2005/11/04 22:12   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 2 / コメント 2

画像
今日は久々に『ヌーベルバーグ』映画をいただきました。
しかもゴダールです。
言い換えれば、
『ゴダールのヌーベルバーグ定食』です。
こう書くと『ゴダール』っていうハンバーグチェーンがあって、
そこの人気メニューみたいに思えて面白いということに、
ほんの数分前に思いつきました。
なので今書きました。
きっと国道沿いにあることでしょう。
駐車スペースは広いことでしょう。

さて、今日見たジャン・リュック・ゴダールの作品は、
『気狂いピエロ』。


1965年の、『勝手にしやがれ』にならぶ、
ゴダールの代表作です。
独特のゴダールの映像マジックの中で、
すご人間くさい作品です。
主役はジャン・ポール・ベルモンド。

フェルディナン(J・P・ベルモンド)は、
金持ちの妻との都会生活に憂鬱になっていた。
そんな時、ひょんなことから昔馴染みの女性・マリアンヌ(A・カリーナ)と出会う。
彼女の家で一夜をともにした彼だが、
朝起きてみると、彼女の部屋には、首から血を流す死体が。
しかし彼女はそんなことは気にせず、鼻歌まじりに朝食を作る。
そのまま彼は彼女に身を任せ、二人は旅に出る。
行く先々で強盗を繰り返しながら。



オープニングのタイトルと、
マシンガンのように続くナレーション。
「これからゴダールの映画がはじまる」というムードが一瞬にして作られます。
そして登場するジャン・ポール・ベルモンド。
これまでに見た、『勝手にしやがれ』や『男性・女性』は白黒映画でしたが、
この作品はカラー。
一転して、その色彩美が最初から最後まで印象的です。
『勝手にしやがれ』も、白黒にもかかわらず色を感じる映画でしたが。

マリアンヌのファッションや、血の。そして海の
どれもあざやかに頭に焼きつきます。

そしてそれに加えて、マリアンヌが軽く口ずさむ
単なる鼻歌なんですけど、
この鼻歌がいろいろとイメージをふくらませてくれます。
このマリアンヌは、最初から最後までミステリアスで、
峰不二子というか、いや、もっと立ち悪いかもしれません。
そして彼女は、どんな「やばい」状況でも鼻歌を歌います。
見る私としたら、そんな状況での鼻歌を聴いたら、

「この女はこの状況を本当になんとも思ってないのか、
それとも少しでも楽しい気持ちにさせるために歌ってるのか」


と、いろいろ想像してしまいます。
「Aだ」と思ってたら、次のシーンでは「B」っぽい方に行って見たり、
本当につかみ所のない女性です。
結局この子は、最後までつかみ所のない感じで行きます。

そんな彼女に翻弄される感じのジャン・ポール・ベルモンド。
空虚な毎日の中で、一瞬のエアポケットにはまっていく感じ。
そしてそのまま彼の生活は傾いていくわけですが、
でも結局は現実からの逃避に端を発してます。
基本的にアイデンティティーみたいなものが曖昧な人間なのかもしれません。
あるいは最初はあったんだけど、
毎日の生活の中でだんだん失ってしまった人間かもしれません。
このへんは映画の中で詳しく描かれてないので想像ですが。

最後に彼は、ダムが決壊するように派手な(「気狂い」な)行動に出ます。
でも勝手ではあるものの、すごく人間的です。
そして最後の最後の瞬間、さらに人間的になります。
このへんの葛藤は直接的で私は好きです。
あのラストがなかったら、私は特に何も思わなかったかもしれません。
あれがなかったら、ただの『犯罪カップル・南仏ぶらり旅』に終わってましたが、
あの一瞬で『哲学』になります。
このラストもそうですが、
こういう曖昧で繊細なストーリー展開は、いかにもゴダール。
「あそこでああしてれば・・・」の連続です。

他の私の好きなシーンとしては、これも後半ですが、
港でへんなおっさんが、「この曲が聞こえないのか!」とか言って、
フェルディナンに昔の女の思い出をああだこうだわめき散らす
シーン。
あそこでそのおっさんを港において、フェルディナンが船に乗って島に向かうところ。
あそこがいいです。

この映画は全般を通して、ああいう船出の連続のような話だと思います。
結局それらの船出は、みなどんどん悪い方へ悪い方へと進む船出であって、
その象徴があの構図じゃないかなと思います。
そしてその港で、いちいち文句言いながら港に残ったのがあのおっさんで、
出港してしまったのがフェルディナン、ということじゃないかでしょうかね。
いわばあのおっさんは、「現実社会」の象徴です。

基本的に不器用なのかも、フェルディナンは。
それでずっと人に合わせて生きてきたけど、でも本当は合わせたくない。
だからマリアンヌに「ピエロ」なんてあだ名で呼ばれるのを、
「最後」まで嫌がったのでしょう。
そのへんの「現実」「非現実」の間にはまって、
「現実」とは反対方向へと走ってしまったのかなぁ。
でもその最後の最後で、一瞬「現実」を見てしまうんですね。
それがその『哲学』に変わるというシーンです。
あれがなかったら、夢見っぱなしで終わってしまってました。
あるいはあの最後のとこのほんの数秒間のあの『手の動き』が、
この映画で唯一、フェルディナンがフェルディナンとして生きているシーンかもしれません。


ゴダールの映画の良さを表現するのはいつもとてもむずかしいのですが、
私がこれまで見た映画の登場人物は、非常にのらりくらりとしていて、
ぼんやりと、それでいてモヤモヤっとしています。
私は普段から、「人間なんて本来そういうものだ」と思っているので、
とても好きな考え方です。
ただ、確実に今向きではないですけど。
だから○○ファンドのあの人とは絶対仲良くなれないと思います。

ゴダールもたぶん、そういうモヤモヤっとした考え方の人なんだと思います。
そしてそれを映画に表現してるわけですが、
私はそんな心情を映画にしようとする時点で、
この人はそんなモヤモヤっとしている自分が結構好きなんだと思いますね。
じゃなきゃ映画にしませんもん。
それが正しいんだと思っていると思います。
そしてそんな映画を見て共感している時点で、
私もそんなモヤモヤな自分が心のどこかで好きなんだと思いますね。
こういう人は、みんな変に頑固ですよ。厄介なことに。


ということで、今回も青春って感じの内容でしたが、
ただ単に「ファッションだなぁ」と感じた『勝手にしやがれ』に比べると、
相当成熟した中身だと思います。
見終わった後も、確実に心にモヤモヤ残る映画です。
だから、

モヤモヤとしたい時に見るといいです。

モヤモヤもいいですよ。たまには。
毎日白黒ばかりつけまくってると、結構疲れますから。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
たぶん人は繋がれる
ブログでは人は救えない。ネットは現実の前に無力。。。。と思っていました。 でも、現実にはすでに2人の方とネット以外の方法で繋がり、励ます事が出来ました。 ...続きを見る
癒し猫
2005/11/05 18:19
気狂いピエロ:ゴダールとのリベンジマッチだ!
★原題:Pierrot Le Fou★監督:ジャン・リュック・ゴダール(1965年 フランス作品)TSUTAYAにて借りたDVDを鑑賞。★フランスとゴダールと私この作品を観るのは8年ぶりだ。8年前といえば「フランス」がマイブームで、フランス語を勉強したりボー.... ...続きを見る
朱雀門の「一事が万事!オッチョンジー」
2005/12/06 21:49

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは 先日久しぶりに見ました。
自爆寸前のカットは妙にリアリティがありましたね。
確かにあのシーンがあるのとないのとでは大分印象が変わる気がします。
ゴダール監督が自分の思いをフェルディナンに語らせていると思われる箇所があちらこちらに見受けられました。
それが、自由奔放なマリアンヌと鮮やかな対比をなしていたと思います。
朱雀門
2005/12/06 22:11
朱雀門さん、はじめまして!
リアルですよね、あのあせり方。衝撃的です。
ゴダール映画の主人公ってみんな共通する匂いを感じますし、
自分を投影するタイプなんでしょうねぇ。
マリアンヌみたいなタイプの女性が、
当時ゴダールの周りにいたんですかねぇ(笑)
uchi-a
2005/12/07 13:55

コメントする help

ニックネーム
本 文
『気狂いピエロ』 uchi-aぶろぐ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる