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zoom RSS 『サイダー・ハウス・ルール』

<<   作成日時 : 2006/04/16 22:36   >>

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画像『サイダー・ハウス・ルール』
「シュワッとした家の規則」。
あるいは 「サイダーの家の規則」。
「サイダーの家」というものの概念がイマイチ不明瞭ですが、
とりあえず、


むやみに瓶は振るな。


これに尽きるでしょうな。
では。





はい、そんなミニ漫談で始まりました今日の我がブログですが、
今日ご紹介するのはつまり、
『サイダー・ハウス・ルール』なわけです。
みんなに、「ラッセ・ハルなんとか」と呼ばれるがちなことでお馴染みの、
ラッセ・ハルストレム監督の映画です。

画像















ちなみに私はよくこの監督と、
ラース・フォン・トリアーが混じります。


この監督さんの映画は過去に、
『ギルバート・グレイプ』
『ショコラ』
『シッピング・ニュース』と、
有名どころをぽつぽつと見たんですが、
少なくともこの3作の映画を見た時点での私の感想は、
「やさしい映画をつくる人だなぁ」
というところ。
「やさしい映画」・・・反面で刺激がないというか、
具体的に言うと、なにかすんごい嫌なことが起きそうな感じでいながら、
いつも起きないんです。
だから逆に裏をかかれる感じで好きです。
野球のバッターで言うなら、
すごい打ちづらい球を待っていたら、
ど真ん中に何の変哲もないボー球が来て、
逆に手が出ない、みたいな感じです。


この『サイダー・ハウス・ルール』も、結構そんな感じでした。
「あ、このあとこうなってしまうんじゃないか」
って予感が随所随所にあるんですが、
結局毎度裏をかかれました。
この人の映画のよさはこのあたりなのかもしれません。
むやみに伏線はって、その後に伏線通りの刺激的な展開の連続・・・、
みたいな映画より、よっぽどいいと思います。
もちろん大事なところでは、ちゃんとずしんと来るシーンもありますし。
少なくとも、「主人公が咳き込む」→「数話後にご臨終」という、
よくある昼ドラのような展開にはなりません。


第二次世界大戦頃のアメリカ、
セントクラウドという地にある孤児院。
そこにいる医師・ラーチ(マイケル・ケイン)は、
当時違法だった堕胎をうけおう産婦人科医。
もらい手がなく、孤児院で育ったホーマー(トビー・マグワイア)は、
親代わりのラーチの指導の下、産婦人科を手伝っていたが、
堕胎に関しては反対だった。
そんな中、ラーチのもとに軍人・ウォリーと、
妊娠しているその恋人・キャンディ(シャーリーズ・セロン)がおとずれる。
キャンディの堕胎手術が終わると、
ホーマーはウォリーに頼んで、
彼らと一緒に孤児院を出る決意を固める。
そしてウォリーの母親が営むリンゴ園で働くことに。



「堕胎」という、医学的にも倫理的にも非常に繊細が題材ではあるものの、
監督や作者が本当に問いたいことというのは、もっとシンプルなこと。
まず見終わって、私はそう感じました。
実に単純なことなんです。主題は。
そしてその意味では、この映画のタイトルって、
実に洗練されたいいタイトルだと思います。


画像『サイダー・ハウス・ルール』とは、
そのリンゴ園で働く労働者たちが、
シーズンの間暮らす宿舎(サイダーハウス)があって、そこでの規則のこと。
規則は宿舎の中に張り紙がしてあるんですが、
そこで働く労働者は、そんなこと気にもとめてません。
というか、彼らはみな字が読めないため、
その規則がどんな規則かすらよくわかってない様子。
なので実際労働者たち(リーダーはいかりや長介に激似)は、
やってはいけないはずの、「ベッドでタバコ」や、
「屋根の上に登る」など、おかまいなしの生活をしている・・・。


この映画のテーマは、このエピソードに象徴されます。
「ルールをやぶること」
そこから発展して「ルールってなんだろう」ということ。
この映画の中には、いろんな「ルール」が存在して、
登場人物たちはそれらのルールをいろいろとやぶっていきます。
そして破っていくことによって、さまざまな出来事が起きていくわけです。


例えば、堕胎のこともそうです。
当時は中絶の権利がまだ認められていなかった時代。
そんな中でラーチ医師は手術を行っていました。
また、出て行ったホーマーに帰ってきて欲しいラーチが、
クビ寸前の自分の後釜の医師としてホーマーを紹介するため、
ホーマーに架空のキャリア(卒業証書)を作ったりします。
そしてウォリーが出兵した間のキャンディとホーマーの関係。
さらに、そのサイダーハウスの労働者のリーダーとその娘の関係。
すべてがルールからはみ出しています。


でも、そうであっても、決してこの映画では、
「ルールなんて、あってないもの!廊下を走ろう!」
などと言ってるわけではないです。
「時にはルールをやぶらないといけない状況もあり得る」
というスタンスが感じ取れる内容です。
もちろん、「やぶってはいけないルールは、ちゃんと守るべき。
でも時には、ルールを守ること以上の選択肢もある」

そんなところでしょうか。


「基本は廊下は走らないで。
でも廊下を走らざるを得ない時もあるよ。
例えば学校にインドゾウがうっかり3頭侵入してきて、逃げる時とか。
そういう時は走っていいよ。
歩いて逃げてたら体当たり食らうよ。
でも基本は廊下を走らないでね。」



というとこです。


作者はそういうことを、
さっき言ったいくつかの「ルール破り」を例にして、
ひとつひとつ作者なりの考え方で示してます。
でもそれらの例もすべて、実に慎重に表現されてるので、
人によっては映画全体にぼやけた印象を受けてしまうかもしれません。
でも私はこういうことってかなり微妙な問題で、
できるだけ「これだ!」って結論を出すべきではないと思うので、
とてもこの曖昧さは共感できます。


結局のところ、
まとめるなら、

「ルールや決断がすべてじゃない」

という映画なんです。シンプルに言うと。
そして結果的に、「世の中は曖昧だ」という映画でもあると思います。
そんな「曖昧」な部分を曖昧に表現することによって、
逆にその「曖昧さ」を鮮明に表現していると思いますね。
なので確かにストレートに見てしまうと、曖昧な映画ではあるでしょう。
だからもし監督に対して、
「この映画は表現が曖昧だ」なんて訳知り顔で言ったら、
おそらく監督は、


「本来曖昧なものはどうやっても曖昧なんだから、
 曖昧に撮るのは当たり前だ!
 それの何が悪い!

 アーイ・マーイ・ミー・マーイ!!」



などと怒られてしまうかもしれません。
ラッセに。ハルストなんとかに。


ホーマーにとってそんな「ルール以上のもの」というものが、
一体どんなものなのか、
彼は孤児院を出ることによって知るわけですが、
この映画での「ルール」という概念、
実は「決断」とかもこの「ルール」という言葉の中には含まれてると思いますね。
ホーマーを見ていてそう思いました。


この原作のジョン・アーヴィングって、
私の好きな爆笑問題の太田光が好きな作家の一人であるんですね。
太田が普段から言っていることにも、
そういうスタンスはよく感じられるので、
やっぱりそのへんの考え方は共通しているのかなと思います。


私は、最初にあげたこの監督の3作よりも、
この映画の方がいいと思いますね。
一番いいと思います。
飾った感じがしないです。
原作がいいのもあるんでしょうが、
実にゆるやかに時が流れて、自然体です。
ちょっとトビー・マグワイアの笑顔が、
若いのにすでに悟りを開いてる感じがして、
そこが若干気になりましたが。
なんかいくら意地悪しても怒らなそうです。
いきなり後からせまって足カックンしても、
たぶん彼はずっと笑顔でしょう。
「怒って壁から壁にはりついて・・・」みたいな惨事にはいたらないでしょう。


あと、ちょっと微妙な点は、
一瞬勘違いするとこの映画、
「堕胎支持」みたいにとられかねないだろうな、ということ。
たぶん作り手にそんな意図はないと思うので、
ここらへんはもうちょっと考えても良かったかも、と思います。
とても繊細で、大事なポイントだけに。


画像ちなみにこの映画、さすがに名優・マイケル・ケインがいいです。
そしてもう一度言いますが、サイダーハウスのリーダーは、
とてもいかりや長介さんに似ています。
そして孤児院のやさしい看護婦さん役のキャシー・ベイカーは、
『シザーハンズ』で、ジョニー・デップを指さして警官に、
「はやくあいつを殺してよ!」って言ってた人です。
女優ってすごいです。


てな感じで今週は、この映画といい、
先日見た『バタフライ・エフェクト』といい、
なかなかよい映画を観たので、
なかなかよい一週間だったと思います。




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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです、今日も冒頭から笑ってしまいましたw
そうです、壜はむやみに振るべきではありません!!
っていうか振っちゃダメっ!
ママンに叱られます!w
冗談は置いといてw
僕も優しい映画が好きです。
心理を描くのにいちいち大きな問題が起こったりする必要も無いと思うのです。
地味に静かに描いたものが僕の好みのようです。
が、やはりサイダーはむやみに振るべきではありませんね。
なにやらえらいことになりますからw
せぶん
2006/04/17 00:12
せぶんさん、どうもです!
この監督さんの場合、ちょっと優しすぎて、
逆に「優等生」っぽく見えてしまうところがあるんですが、
これはまだ比較的よかったですね。

瓶を振った場合は、
1分ほど放置するしか選択肢はないですからね。
よくないです。
uchi-a
2006/04/17 22:59
初めまして、失礼ですが、
サイダーハウスは林檎農園の人たちが暮らす家なのでは?
途中で林檎をサイダー用とか何とか言ってますよね。
サイダーとはもともと林檎のお酒だったと思うんですが・・・
サイダーハウスのルールはサイダーハウスの者が決めるんだ。
自分のルールは自分で決めるように。
と言いたいのだと思っています。
後、堕胎せざるおえなかった女性のどうしようもない気持ち、
何とも言い表せない気持ちも良く見て取れる作品だと思いました。
また、ラーチ医師はたびたびエーテルを吸っていましたが、
堕胎手術をする事はラーチ医師にとって吸わなきゃやってられない
程精神的に辛いものだったのかもしれません。
ホーマーがローズの堕胎手術にすぐ踏み切れなかった事からも
堕胎支持とは言いきれない作品だと思います。
最後にラーチ医師のホーマーに対する狂おしいほどの愛情が
私はとても好きです。
ハル
2006/05/28 21:06
ハルさんどうも。
ご指摘の点は、「宿舎」ではなく「家」ということなんでしょうか??
ちなみに冒頭部の漫談に対してのツッコミだとしたら、
とても申し訳ないです(笑)

「自分のルールは自分で決める」ということですが、
私は本文にも書いたように、それだけじゃない気がしてます。
「例外」もあるみたいな、そういうことだと思います。
決して片方からだけの目線で作っていない気がしますね。
uchi-a
2006/05/29 15:54

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