相撲話・再び。
「マニアックB級力士伝」について
今日は日曜日。
ということで私も、「テクニカルタイムアウト」のパスカさん同様、
印象に残っているマニアック力士を紹介してみたいと思います。
日曜日ですから。
『巨砲』
黒いまわしが印象的で、長くとっていたお相撲さんです。
私が特に印象に残っていたのは、
彼が後期、前頭下位で大きく負け越し、
十両に陥落が決定した場所の千秋楽。
相手は当時人気を誇った、「技のデパート」こと舞の海。
ここで巨砲、やけくそになったのでしょうか、
一度やってみたかったのでしょうか。
立ち合いで大きく飛び上がって、舞の海の背後にとりつくという、
「八そう跳び」
を披露、見事にその一番を制しました。
そして巨砲はその後何場所かで引退。
私はあの宙を舞う巨砲を忘れられません。
『若瀬川』
幕内上位で長くとっていた力士です。
この人のすごいところは、
せな毛
です。
せな毛フサフサなのです。
それ以外にほとんど記憶がない、せな毛力士です。
彼が勝とうが負けようが、私はあのせな毛しか見ていませんでした。
こんな感じですかね。
思ったより思い出せませんでした。
まあ、いいでしょう。ビューチフルサンデーです。
ところで、今回こういった記事を書くにあたり、
こんなサイトを見つけました。
「大相撲 記録の玉手箱」
http://www.fsinet.or.jp/~sumo/sumo.htm
これはすごいです。
横綱大関三役級ならともかく、
十両止まりだったような力士のプロフィールはおろか、
その取り口、角界入りまでのいきさつ、
そして引退後の職業とかもすべて網羅されているのです。
あまりにも詳しすぎて、時折なかなか面白いポイントがあったので、
いくつかピックアップしてみます。
舛田山・・・「趣味は伝書鳩の飼育。」
大徹・・・「昭和60年 7月 2日目は千代の富士と対戦したが、朝に二所ノ関から「お前が勝ったら10万円やるが、負けたら 3万円出せ」と賭けを持ち掛けられ、断ると、「10万円と 1万円じゃどうだ」と言われたが、「どうやっても勝てませんから」と断った。しかし勝ってしまい、部屋に帰って「親方、半分下さい」と言うと「馬鹿野郎」と怒られた。」
富士乃真・・・「大汗かき。」
琴稲妻・・・「髪が薄いので、九州へ行くと薩洲洋に間違えられた。」
薩州洋・・・「髪が薄いので、群馬へ行くと琴稲妻に間違えられた。」
最後の二つは芸術的だと思いました。
今日は日曜日。
ということで私も、「テクニカルタイムアウト」のパスカさん同様、
印象に残っているマニアック力士を紹介してみたいと思います。
日曜日ですから。
『巨砲』
黒いまわしが印象的で、長くとっていたお相撲さんです。
私が特に印象に残っていたのは、
彼が後期、前頭下位で大きく負け越し、
十両に陥落が決定した場所の千秋楽。
相手は当時人気を誇った、「技のデパート」こと舞の海。
ここで巨砲、やけくそになったのでしょうか、
一度やってみたかったのでしょうか。
立ち合いで大きく飛び上がって、舞の海の背後にとりつくという、
「八そう跳び」
を披露、見事にその一番を制しました。
そして巨砲はその後何場所かで引退。
私はあの宙を舞う巨砲を忘れられません。
『若瀬川』
幕内上位で長くとっていた力士です。
この人のすごいところは、
せな毛
です。
せな毛フサフサなのです。
それ以外にほとんど記憶がない、せな毛力士です。
彼が勝とうが負けようが、私はあのせな毛しか見ていませんでした。
こんな感じですかね。
思ったより思い出せませんでした。
まあ、いいでしょう。ビューチフルサンデーです。
ところで、今回こういった記事を書くにあたり、
こんなサイトを見つけました。
「大相撲 記録の玉手箱」
http://www.fsinet.or.jp/~sumo/sumo.htm
これはすごいです。
横綱大関三役級ならともかく、
十両止まりだったような力士のプロフィールはおろか、
その取り口、角界入りまでのいきさつ、
そして引退後の職業とかもすべて網羅されているのです。
あまりにも詳しすぎて、時折なかなか面白いポイントがあったので、
いくつかピックアップしてみます。
舛田山・・・「趣味は伝書鳩の飼育。」
大徹・・・「昭和60年 7月 2日目は千代の富士と対戦したが、朝に二所ノ関から「お前が勝ったら10万円やるが、負けたら 3万円出せ」と賭けを持ち掛けられ、断ると、「10万円と 1万円じゃどうだ」と言われたが、「どうやっても勝てませんから」と断った。しかし勝ってしまい、部屋に帰って「親方、半分下さい」と言うと「馬鹿野郎」と怒られた。」
富士乃真・・・「大汗かき。」
琴稲妻・・・「髪が薄いので、九州へ行くと薩洲洋に間違えられた。」
薩州洋・・・「髪が薄いので、群馬へ行くと琴稲妻に間違えられた。」
最後の二つは芸術的だと思いました。
この記事へのコメント
若瀬川は18歳で入幕という記録を持っているので一応期待されたんですが、確かにせな毛しか印象ありません。その後せな毛は和歌乃山→武雄山へと受け継がれてはいますが、若瀬川が一番ですかね。
記録の玉手箱は知ってたのですが、あまり見たことありません。琴稲妻と薩州洋で思い出しましたが、最近は相撲中継もろくに見れてませんので、闘牙と隆の鶴の区別することにもう一つ自信ありません。もう終わりかも・・・(苦笑)
なんかパスカさんの記事を読んでいて、
巨砲が宙を待っている映像が頭から離れなくなってしまったので、
またしてもトラックバックしてしまいました。
私が見はじめた頃は、若瀬川は結構ベテランでしたからねぇ。
でもせな毛ですよね。そして武雄山はもはや前にも来てます。
闘牙も隆の鶴も、まず目が行く所は頬の辺りですからねぇ。
私もあんまり自信がありません(笑)
あなた、私丁度同じ頃(若瀬川せな毛頃)に相撲に見入っておりましたよ!
兄が回文(上から読んでも下から読んでも同じあれ)で、
「おおずつずぉぉ!」というものを思いついていました。
どちらかというと最近だけど貴ノ浪の「ものいい挙手事件」も
忘れられません。
一番最初に食いつくネタが、すもう…
私も精進致します。ではでは。
こんなところに食いつくとは…、さすがですな。
「おおずつずぉぉ!」って、よく聞くとそんなにうまくないのが素敵です!
貴ノ浪もの言い事件…おぼえてます。
たしか同部屋の貴闘力があれで勝ったのでは!?
久々にこの記事を見たのですが、
微妙に言葉が間違っていたので変更しました。
たまに来て見るものですね(笑)ありがとうございます。
(正確には私が兄の紙相撲で遊んでいた頃から)
相撲観戦していたようですね。ジェネレーションギャップ、
ですね。ですよね?麒麟児・鬼雷砲良三達は、紙でできていました。
明らかに話題がそれていて、すみませんね。
…物言い挙手事件は、同部屋貴闘力への援護射撃となったはず。
あたしは小錦とか旭道山とか結構好きでした。でも最後は貴ノ浪ね。
呼び出しの大吉君はいつもいたので注目の的で、我が家では
「なりそこね君」と呼ばれていました。今も呼び出しやってるのかなぁ。
それにしても、自分のこの食いつかずにいられない食いつきっぷりが……
グーグルで、「紙相撲ホームページ」で検索すると、
紙相撲協會のページに行けますよ。
力士のみならず、国技館まで!
なぜ紙相撲なのに、「引退」とか「年齢」とかあるのでしょうか。
しかも「第109回」本場所って…。
でもなぜか、星取表見ているとうきうきしますね、紙でも。
今後とも、よろしくお願いします 旭道山和泰
今後とも、よろしくお願いします 旭道山和泰